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東京地方裁判所 平成元年(ワ)15351号 判決 1991年11月14日

原告

株式会社アイペック

右代表者代表取締役

尾河靖

右訴訟代理人弁護士

須田唯雄

被告

辻川和子

右訴訟代理人弁護士

紺野稔

中島成

秋田徹

佐藤隆男

主文

1  原告の請求はいずれもこれを棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、六〇〇〇万円及びこれに対する平成元年一二月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二  当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、クロード・モネ作の油彩二五号の絵画「チャリング・クロス・ブリッジ」(以下「本件絵画」という。)をその所有者である訴外深川和彦(以下「訴外深川」という。)から買い受けることができる見通しがあったところから、平成元年三月三〇日、先ず、訴外株式会社岡三商事(以下「訴外会社」という。)に対して、本件絵画を代金二億八〇〇〇万円で売り渡す契約を締結し、次いで、同年四月一九日、訴外深川から本件絵画を代金二億六〇〇〇万円で買い受ける契約を締結して、訴外会社から右売買契約の代金の支払いのために金額一億二〇〇〇万円、振出人訴外株式会社アイ、支払期日同年六月二〇日の約束手形(以下「本件手形」という。)ほか一通の約束手形の交付を受けた。

2  そして、原告は、訴外深川に対する売買代金の支払いの資金に充てるため、本件手形の割引先を探していたが、被告は、本件手形を騙取するべく、真実は本件手形を割り引いて割引金を原告に交付したり本件手形を返還する意思がないにもかかわらず、平成元年六月三日、原告の従業員の訴外鈴木衛(以下「訴外鈴木」という。)に対して、同月六日まで本件手形を預らしてほしいなどと申し向けて、被告が自ら又は第三者に依頼して本件手形を割り引いてくれるものと信じた訴外鈴木から本件手形の交付を受けて、これを騙取した。

もっとも、被告は、同月七日、原告に対して、本件手形の割引金のうち五五〇〇万円は返還したものの、割引料五〇〇万円を除いた残余の六〇〇〇万円については、被告においてなんらこれを利得すべき理由はなく、原告の再三にわたる催告にもかかわらず、これを返還しない。

3  よって、原告は、不法行為による損害賠償請求権又は不当利得の返還請求権に基づき、被告に対して、前記割引金の残金相当額の六〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である平成元年一二月一四日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は、認める。

2  同2の事実中、被告が平成元年六月三日に原告から本件手形の割引依頼を受けて本件手形の交付を受けたこと、被告が同月七日原告に対して本件手形の割引金のうち五五〇〇万円を交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  被告の抗弁

1  被告は、平成元年二月初旬頃、訴外深川の代理人である訴外小林徹平(以下「訴外小林」という。)との間において、転売を目的として、本件絵画を代金二億三〇〇〇万円で被告が買い受ける旨の売買契約を締結したうえ、これを原告に転売することとし、同月二七日、原告との間において、本件絵画を代金二億七〇〇〇万円で原告に売り渡す旨の売買契約を締結した。

ところが、原告は、右のとおり被告との間において本件絵画の売買契約を締結しておきながら、他方では、被告には秘して訴外深川と直接に交渉をして、同年四月一九日、訴外深川から本件絵画を代金二億六〇〇〇万円で買い受ける契約を締結したものであって、被告は、結局、これによって、本来得べかりし転売利益四〇〇〇万円を得ることができなくなって、同額の損害を被った。

2  被告は、原告から本件手形の割引依頼を受けた際に右の事実を知るに及んで、平成元年六月七日、原告(その従業員訴外鈴木)との間において、本件手形の割引金から訴外小林に支払うべき仲介手数料五〇〇万円、原告が被告に支払うべき前記の損害賠償金及び割引手数料等を控除した残金として、被告が原告に五五〇〇万円を支払うことによって一切の債権債務関係を清算する旨の和解契約を締結し、右同日、原告に対して、五五〇〇万円を支払った。

四  抗弁事実に対する原告の認否

1  抗弁1の事実中、原告が平成元年四月一九日に訴外深川から本件絵画を代金二億六〇〇〇万円で買い受ける契約を締結したことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告は、訴外小林と同様に、訴外深川のために本件絵画の売却の仲介をしたものに過ぎない。

2  同2の事実中、被告が平成元年六月七日に原告に対して五五〇〇万円を支払ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

一原告がその主張のとおり訴外深川及び訴外会社との間においてそれぞれ本件絵画の各売買契約を締結して、訴外会社から売買代金の支払いのために原告主張のとおりの約束手形の交付を受けたこと、被告が平成元年六月三日に原告から本件手形の割引依頼を受けて本件手形の交付を受け、また、同月七日に原告に対して本件手形の割引金のうち五五〇〇万円を交付したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二そして、当事者間に争いがない右事実に<書証番号略>、証人小林徹平及び同鈴木衛の各証言並びに被告本人尋問の結果を併せて判断すると、絵画の売買の仲介等を業とする被告は、平成元年二月初旬頃、本件絵画の所有者である訴外深川の知り合いで絵画の売買等を業とする訴外小林から本件絵画の買主を見付けてこれを売却することの依頼を受け、同月二七日頃、画廊を経営する訴外長嶺義雄(以下「訴外長嶺」という。)の紹介を受けた原告に対して、本件絵画を二億数千万円で売却してほしいとしてこの話を持ち込んだこと、これに対して、原告は、早期に買主を見つけることができる見通しがあるとして、同年三月七日頃、訴外深川にあてて本件絵画の「買付依頼書」を作成して交付したこと、ところが、訴外深川は、同月下旬頃、本件絵画をヨーロッパで売却することにしたなどとして、訴外小林及び被告に対して先にした売却の依頼を撤回し、また、原告も、直ちには買主を見付けることができないとしたため、訴外小林、被告、訴外長嶺及び原告の間においては、それ以上の進展をみないままとなっていたこと、しかし、原告は、実際には、この間の同月三〇日、被告らには告げることなく、訴外会社との間において本件絵画を代金二億八〇〇〇万円で売り渡す旨の契約を締結し、また、同年四月一九日、訴外深川から本件絵画を代金二億六〇〇〇万円で買い受ける旨の契約を締結していたこと、被告は、同年六月三日、右のような事情を知らずに、たまたま原告から本件手形の割引依頼を受けたが、その際、初めて右の事実を知るに及んで、原告と訴外深川が謀ったうえで、被告らを除外して本件絵画についての前記の取引を行って、それぞれが利を図ったものであると判断し、既に被告が訴外深川との間において代金二億三〇〇〇万円で売買契約を締結していたものであるなどと主張して、原告に対して転売利益の分配又は訴外小林及び同長嶺に支払うべき仲介料等の支払いを求めるようになったこと、このような状況の下において、被告と原告(その従業員訴外鈴木)は、同月七日、被告が本件手形の割引金のうち五五〇〇万円を原告に支払い、残余は被告、訴外小林又は同長嶺において取得するものとすることで一切の債権債務を清算することとして、「本件絵画の売買については、当初に戻り全て終結し、双方異議の申し立ては一切ありません。」との記載のある「和解書」と題する書面に調印したことの各事実を認めることができる。

右事実によれば、原告と被告は、本件絵画の取引及び本件手形の割引をめぐる紛議については右の合意をもって一切を解決して、その争いを止めることを約することによって和解契約を締結したものということができる。したがって、原、被告間の本件手形の割引依頼をめぐる債権債務は、前記の五五〇〇万円の授受をもって一切が消滅したものというべきであるから、仮に原告が不法行為又は不当利得その他の原因によって被告に対してなんらかの債権を取得することがあったとしても、いずれも右和解契約によって消滅したものであって、被告の抗弁は理由がある。

三そうすると、原告の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、いずれも理由がないことが明らかであるから、これを棄却することとして、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官村上敬一)

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